ラ・カンパニュラ

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2011.10.07 Friday

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2008.11.11 Tuesday

心配ごと。

 偶然なのか必然なのか、、、たまたま色んなネットを覗いていたら、こんなサイトがあった。


人間(こころ)が壊れるとき


姑さんの介護の実態を生々しく綴った記録です。


いたたまれなかった。
まだ全て読んでいませんが、姑さんからも旦那様からも心が離れてしまった方が、
なぜこんなにも頑張れたのか、こういう人を深い人だと思った。


この方のご苦労に比べたら、わたしなどままごとに飽きて別れたように映るだろう。


この方の育ち方と、ご主人の育ち方、、、これが私の場合と驚くほど似ていて驚いた。
ああ、そうか、そんなに小さいことをきちんと分析できる人もいるのだと感心してしまった。


私が介護をすべき人物は養母です。
オン歳80になろうとするおばあちゃんですが、幸いなことに血圧が高いくらいで至って元気です。


あと5キロくらいは要減量だと思うのですけどねぇ。。。(笑)


2ヶ月に一度くらいの頻度でしか会っていないけど、最近、会うたび毎に小さくなり弱々しくなっています。
本人は気づいていないけど。


兄夫婦と同居はしているものの、完璧な二世帯住宅なので食事も別。
同じ屋根の下にいながら、嫁や孫の顔さえ見ない生活がほぼ20年続いています。


きっかけは養母と兄嫁との些細な意見の相違だったのですが、嫁姑問題はここまで尾を引くものなのかと
まあ、あの二人に修復は無理だろうと諦めてはいますが納得出来ない思いもあり。。。


たぶん来年には養父が残してくれた精米工場を住居用に改修して、養母と二人暮らしを始めることになるだろう。
昭和ヒト桁生まれの割には、女学校を出て洋裁学校(現在の服飾専門学校)を出ているので手先は器用。


今でもせっせとモノ作りに励んでいるけれど、年齢的に近い将来に必ず介護という現実が突きつけられると思う。


この方のサイトに共感された方が多数コメントを寄せておられ、やはり介護者や介護従事者が多い。


その方達がほとんどブログをお持ちで、自分なりに情報交換をしてみえるのだ。
医療を勉強し、処方された薬品にも詳しくて非常に驚いた。


そうやってネットワークを張り巡らせ、意見交換や心情の吐露をしなければ辛くて誰もが自分を支えられないのだと
恐ろしい現実を突きつけられたようである。


今後のためにも、少しずつ勉強しようと思った。



高齢だから仕方がないとはいえ、動作が緩慢になってきた養母がどうにも気になるのだ。。。


老いるとは、本当は素敵なことなんですけどね。。。






裏サイトに書き込むつもりが文字数制限でダメだった。
これは私の完全なる独り言です







2011.10.07 Friday

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コメント

夏田舎に帰った。震災の被害を見舞いに従弟を訪ねるつもりだったが、その前に(その親である)伯母の入っている福祉施設を訪ねた。

複雑な過程だから説明は難しいのだが、母一人子一人で後妻に入り、男の子供は反発して家をでた。やがて母は再婚の夫を亡くし、子供は嫁さんの実家に入り婿のかたちになった。みんな知っているいい人ばかり。

老いた母親は農家で、一人で死ぬつもりで暮らしていた。たった一人の息子はそれが気が気でないし、その妻もいい人だから「申し訳ない・・・」と再三同居を申し入れたが、一人がいいと伯母は聞かなかった。

その伯母が心臓病で倒れ、近所の方に発見され入院手術。幸いなことに命も、日常の生活も元に戻った。

元に戻らなくなったのは息子夫婦。
「おかぁさんを何とかしなくちゃいけない」「近くのホームに入れて、最善を尽くしたい」「一人息子を奪った嫁の務め・・・」

かくて、庭で静かに草花を見ながら一人見ながら死にたいと言っていた伯母を、旅行に連れて行くと騙し「ホームに入居させた」

足腰が悪く、家に戻れない伯母。電気水道全て止めて、遠く離れたホームでは、お金を一切取り上げ、座敷牢に入っている気分の伯母・・・・・・・・・・・・。

「あの嫁は鬼だと、私と共に見舞った母に嘆く伯母・・」

私は従兄が、母の行状を気遣い、嫁が心を鬼にしてホームに入れた気持ちもわかっている。

孤独死でいいから長年生活してきた家で死にたいと嘆く伯母。

子供の嫁の立場で、「おかぁさんを見捨てた嫁といわれるくらいなら今鬼になるという従兄の妻」

母はその施設を見舞った帰りに
「私は家で死にたいネェ」
といった。

私は東京で一人暮らし、姉は埼玉で家庭を持ち、兄はタイにもう5年勤務している。

母は病気がちだ。
私は2年近くも帰らなかった。

何がよくて、何が悪いのか、・・・・・。

老いは、他人事ではない。
2008/11/11 6:44 PM by 弧愁庵人
最初の従弟→従兄・・父の姉の子供

複雑な過程→家庭

電気水道全て止めて→家の電気水道全て、嫁に止められて


伯母は、亡くなった祖母そっくりで、生前は母とも折り合いが悪かった。あそこまで憎しみあっていた二人が、手を取り合って嘆き悲しんでいる姿は私には不思議な光景だった。

年を経て、呆けてくることも悲しいが、身体だけがどんどん衰えて意識だけは矍鑠としている姿もまた悲しい。

2008/11/11 6:56 PM by 弧愁庵人
>弧愁庵人様

コメントありがとうございます。
伯母様の一件は、誰も悪くない。
従兄の方もその奥様も、伯母さまの気持ちにも悪のカケラもないですもん。
心配でたまらない気持ち、世話になりたくない気持ち、故郷を離れたくない気持ち。

それぞれがお互いを思いやっての言動ですし、行動なんですよね。

このエントリーで紹介したブログ主がおっしゃたことで深く感じ入ったのは

「被介護者はプライドをズタズタにされる」

の一文でした。

確かに自分が産んで育てた息子、娘、或いは息子の嫁に
食事、風呂、排泄まで世話になるわけですから。

プライドを傷つけないように同居をしてもらうには、、、あるいはヘルパーを受け入れてもらうには、、、
たぶんソコが一番肝心ではないかと思います。

子供が何歳になろうと子供は子供ですから「いつまでも頼りにされていたい、、、」そんな気持ちを擽らないと納得してもらえないのかもしれません。

住み慣れた美しい土地を離れたくないっていう想いも確かにあると思いますが、
「一緒に住もう」という言葉の中に

「心配だから」

っていう想いより

「やっぱり一緒じゃなければ心細くて」
「忙しくてたまんないから助けてよ」

っていう被介護者に『まだまだ自分は頼りにされてる』と感じさせるニュアンスが必要なのかもしれません。。。

鬼嫁かぁ、、、言われている方はお辛いでしょうね、、、。
その覚悟もあったのでしょうけど。。。

きっと伯母様も分かっていらっしゃると思うのでうsけども。。。
2008/11/12 10:22 PM by 鯱美

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